公立八鹿病院では、平成21年1月に策定した「宗教的輸血拒否に関する指針」で、宗教上の理由などで輸血療法を拒否する患者に対しては、輸血療法の必要性と副作用を十分に説明し理解を求め、その結果、輸血療法の同意が得られた場合は通常の診療を実施し、同意が得られない場合は、宗教的輸血拒否に関する合同委員会が定めた「宗教的輸血拒否に関するガイドライン」(いわゆる5学会合同ガイドライン)に沿って対処することとしてきた。
5学会合同ガイドラインでは、18歳以上の成人で医療に関する判断能力があると判断された場合、医療者側が無輸血治療可能と判断し、かつ、免責証明書が提出された場合における絶対的無輸血治療を容認し、それが困難と判断された場合は、早期の転院を勧告するとされている。
しかしながら、実際の臨床現場(特に早急な対応が患者の予後に多大な影響を及ぼす救急医療の現場)では、輸血療法が救命のためには不可欠な場合が多く、また、早期の転院もきわめて困難な状況にある。このような場合、医療従事者としてどのように対処すべきか、現時点で明確な指針は確立されていない。
もとより、宗教上の理由などで輸血拒否を表明する患者に対して、輸血拒否を理由に診療拒否をすることは「医の倫理」にもとる行為として厳に慎まねばならず、また、患者の自己決定権行使の機会を奪い、これを阻害するようなこと(人格権の侵害に抵触)もあってはならない。すなわち、輸血拒否患者に対しても、輸血療法以外での最善の治療とともに輸血療法の代替療法に関する検討も行われるべきである。
しかしながら、輸血療法が救命のために必要不可欠であると判断された場合に、輸血療法を行うことなしに患者を失うことは医療従事者として耐え難く、また、第三者からは医療従事者の果たすべき責務の放棄と捉えられかねない。そのような場合に、相対的無輸血治療の方針に基づいた輸血療法を行うことは、「医療従事者として当然果たすべき責務・使命」ともいえる。
この度、当院では、倫理委員会においてこれらの問題点を検討し直し、新たに「宗教的輸血拒否に関する診療指針」を策定したのでここに掲示する。
宗教的理由などによる輸血拒否に関する当院の診療指針として「いかなる場合も相対的無輸血治療を行う」ことを基本方針とする。ここで言う「いかなる場合」とは、手術時の輸血療法のみならず、患者急変等不測の事態が生じて輸血以外に救命の手立てがない事態に陥った場合も含まれる。
この基本方針は、当院のホームページに掲載し、広く一般に周知することとする。
宗教的輸血拒否に関する診療指針(以下「本指針」という。)における基本的考え方については、輸血療法実施までに許容される時間の多寡により、時間的余裕があるいわゆる平時と時間的余裕のない緊急時のふたつの状況に分けて考え方を整理する。
(1) 時間的余裕がある場合の基本的考え方
ここでの基本は、「十分な対話による意思決定」である。すなわち、患者やその家族・関係者と医療従事者が、相互の情報提供と対話の中で患者の医学的状況や社会的背景について理解し、両者間の信頼関係を構築しながら最善の治療方法を一緒に探り、輸血療法に対する意思決定を行うことが重要である。その中で、当院の輸血に対する方針は、あくまでも相対的無輸血治療であることを十分に説明し、患者・家族等に納得して同意が得られるよう努める。
その結果、相対的無輸血治療に同意が得られた場合は、相対的無輸血治療を行い、得られない場合はすみやかに他院への転院を勧告する。
(2) 緊急時における基本的考え方
ここでの基本は、「生命の尊重」である。手術時の予期せぬ大量出血のみならず、出血性ショックを呈する救急搬送患者や入院中に病状が急変し輸血療法を必須とする患者など、分秒を争う緊急時においては、救命を第一と考えた輸血治療を選択する。すなわち、相対的無輸血治療を患者や家族の意思に関わりなく行う。
本指針においても、5学会合同ガイドラインを遵守することを基本とする。