この”副院長(麻酔科部長)のひとりごと”はあくまで私個人の考えや思いを伝えるもので、病院の正式な見解とは必ずしも一致しないことがあることは最初にお断りしたいと思います。
2023年8月29日更新
ひとつ緩い話を挟んで再びポストコロナの話です。
巷では夏風邪と言われるヘルパンギーナやRSウイルスによる感染、特にお子様の感染が激増しています。とくにヘルパンギーナの感染は例を見ない流行となり、流行地の医療機関にとっては医療崩壊に直面しているとの報道もあります。さらに、コロナ自身も増加傾向にあります。また大きな波(第9波)がくるぞ、という警告を専門家と称する方々がマスコミをにぎわせています。
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今回は今一番流行して医療機関が疲弊しかねない感染症のヘルパンギーナについてです。これもコロナ同様にウイルス感染症ですが、ヘルパンギーナの原因となるウイルスは1種類ではありません。一般にはエンテロウイルスに属するウイルスにより引き起こされるとされていますが、このエンテロウイルスには多くのウイルスが分類されています。
この場で科学的なウイルス分類の談義はこのコーナーの趣旨に合いませんので、主な原因となるウイルスが「コクサッキーウイルス」という名前のウイルスであることを覚えていただく程度で十分かと思います。コクサッキーウイルスの感染経路は「接触感染」と「飛沫感染」とされていますが、その感染力は強いうえに主に5歳以下のお子様がかかりやすいので、保育園や幼稚園等、子供たちが集まる場所で一気に感染が広まります。
また、回復後2~4週間くらいは便にウイルスがいる可能性が指摘されていますので感染したお子様の便処理は要注意といえます。
主な症状は発熱と咽頭痛です。特に咽頭痛は強烈で、感染したお子様の喉のあたりを見ると真っ赤に充血していたり、小さな小胞が見られます。この小胞はいずれ破れ、潰瘍化(具体的には表面の皮膚がなくなり、ただれてしまったような状態)し、これが痛烈な痛みを伴います。ただ、この感染症に伴う重症化リスクは少なく、ほぼほぼ予後は良好です。ただし、口の中が結構悲惨なことになりますので、食べることはおろか水を飲むことも痛くてできないことがあり、それが特に小さいお子様の場合は体力の低下=免疫力の低下という図式で重症化のリスクになります。特に夏の暑い時期は脱水になりやすいので、ますますリスクが増加します。経口による水分や食物の摂取ができない場合は点滴をすることで対処できますので、あまり我慢せずに近くの病院やクリニックに行っていただくのがいいかと思います。
ヘルパンギーナが流行しているというものの、普段の夏とどれくらい違うのかについて具体的なデータが科学技術振興機構のサイエンスポータルに掲載されていましたのでそれを引用したのが図1(東京都)と図2 (大阪府)です。
例年に比べると数倍以上の勢いで、今年が尋常でない増加を示しているのは一目瞭然です。ヘルパンギーナは五類感染症定点把握疾患に分類されますので一定の場所での増加を示しています。いわゆる定点調査です。コロナが5類となって全例数の調査をやめて、定点での調査になったことは皆様もご承知と思いますが、同じような扱いです。今年の激増ぶりがあまりに目立ちますが、よく見ると昨年も例年の3倍くらい流行していたこともわかります。でも、昨年はヘルパンギーナについてそれほど話題にはなりませんでした。まだまだコロナが話題の中心でそれどころではなかったということかと思います。
今年の4月から小児科医の井代先生が大阪から赴任されました。
八鹿病院の医師は高齢者と若手の2層に分かれて、40代のベテランの働き盛りの先生がいなかったですし、小児科医も足らない状況でしたので大変ありがたいことです。
その井代先生と話すと、おのずとヘルパンギーナ等の小児感染症の話題になるのです。彼の言葉を借りれば、「これまで子供さんのなかで何かの感染症が爆発的に増える、ということは何度も経験してきたのですが、今年のように複数の感染症が同時に爆発的に増加するという事態はこれまで経験したことがないですよ。ほぼ毎日が発熱外来に翻弄されています。明らかに何かがおかしいと思います。」といった話でした。
私は麻酔科医ですので外来の様子については実感がありませんが、養父市という過疎の町でも東京や大阪同様にヘルパンギーナ等の小児感染症の増加は尋常ではないとの再認識をした次第です。
コロナが終わったわけではありませんが、5類になり、行動制限が解かれ、大阪の繁華街にも海外の旅行者が戻ってきました。甲子園には連日4万人以上が訪れ、その90 %以上の方々による「六甲おろし」の大合唱、コロナが全盛のころだと大クラスター必発、という状況です。コロナの行動制限を解いて、以前の日常が戻るといくつかの感染症が爆発的に増加する、という予言というか、警告をされている専門家は少なくなかったですが、彼らがその理由としてあげた共通点は、マスクや手洗いの徹底したコロナ対策がゆえにコロナのみならず他の感染症になることがなかったので、その原因となるウイルスや細菌(ウイルスと細菌の違いはひとりごと2で取り上げましたのでご参照ください)に対する免疫能が低下してしまったためというものです。この説はおそらくその通りだと思います。そのあたりをもう少し詳しく述べると以下のような話になります。
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細菌やウイルスが体内に侵入してきても必ずその病気になるとは限りません。ひとりごと10で述べましたが、体内の免疫のうち自然免疫を担う細胞たちがその細菌やウイルスの侵入に即座に対応し、その侵入情報を免疫の中枢を担う細胞に伝令し、液性免疫や細胞性免疫が賦活化されます。これらの免疫システムがうまく作動し、侵入早期に細菌やウイルスを除去できれば病気は発症しません。これを「不顕性感染」と言いますが、自覚症状はなくても感染していることは確かなので、症状が出た時と同じように免疫系は活動し、それは免疫系の記憶に残り将来、再度の感染時には迅速に動けるようになります。この免疫系の記憶に残る仕組みはワクチンにも応用されています。
ワクチンを1回ではなく短い期間で2回打つのは、2回目の接種でより強固で迅速な免疫系の活性をうながすことが期待できるからなのですが、これをブースター効果と言います。
私たちはコロナ以前、知らず知らずのうちに様々なウイルスや細菌による侵入を招きつつも不顕性感染で終わり、本人は気がつかない、あるいは「なんかちょっと体調がおかしいけど気のせいかな」という程度で終わっていた、でも免疫系はきっちりウイルスや細菌の侵入をとらえ免疫細胞たちはそれを記憶に留めていたため、次にウイルスや細菌が侵入しても迅速な反応で大事に至らずにすんでいた、というところが何となく説得力がありそうな仮説です。
言い換えればコロナによる自粛のおかげで、普段なら知らず知らずにさまざまな細菌やウイルスが侵入していた機会が失われ、程よく免疫系が活性化されていた機会も無くなったことで、さまざまな感染症に対する免疫反応の低下を招き、今回のはしかやヘルパンギーナなどの感染症の拡大に至ってしまったという話なんです。もっともらしく聞こえると思いませんか?これくらいのことは医者ならだれでも考えそうなことですし、同じようなことをマスコミを通じて話している専門家もおられるようです。
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この推察が正しいとすれば、次に問題となるのはそうです、この冬のインフルエンザです。昨年もインフルエンザが大流行する、と予言した専門家は少なくなかったのですが、おおむね空振りに終わりました。それはまだコロナ自粛が継続していたからだとしたら、さすがにこの冬は要注意です。
ただ、私たちは新型コロナの流行により感染予防で手洗い、マスク等が有効な習慣であることを学びました。これまではマスクは病気の人がするもの、とずっと信じていたはずですが、今は健康な人がする意味もあると理解されているはずです。日本ではマスクをしている人に違和感はありませんが、それはとてもありがたいことで、世界を見渡せばどこでもそうではないのです。
例えばアメリカでマスクをしてコンビニに行くと、顔を出さないのは強盗をする腹積もりだと警戒されるかもしれませんし、ちょっと治安の悪いところでは店員にマスクを取れと言われるかもしれません。コロナの最盛期でもアメリカでマスクが浸透しなかったのはその社会的な背景があります。マスクに対する違和感がないのは「日本という国が安全である」という証とも言えます。ほんの些細なことですが、このような事実は将来も失いたくないものです。