この”副院長(麻酔科部長)のひとりごと”はあくまで私個人の考えや思いを伝えるもので、病院の正式な見解とは必ずしも一致しないことがあることは最初にお断りしたいと思います。
2023年9月14日更新
今回のお話は広い意味での八鹿病院の医療にかかわる問題なんですが、直接ある病気がどうこうという話ではなく、慢性的な過疎地域の医師不足に関する話です。
8月17日から18日の2日間にかけて、兵庫県全体で”地域医療夏季セミナー“というイベントが開催されました。イベント名からどんなセミナーかはピンとこないかもしれませんが、兵庫県は神戸大学を主に隣県の岡山大学と鳥取大学、さらには自治医大の医学生の中に兵庫県養成医学生という枠を設けています。有り体にいえば修学時の支援(要は奨学金)した医学生に、医師となった後は兵庫県内の県立や公立の病院で一定期間勤務していただくという制度です。この制度は兵庫県だけでなく全国各地で採用されています。特に医師確保が難しい地域ではまさに命の綱と言えます。ただ、卒業後の医師を特定の県内に就職先を限定するわけですから職業選択の自由という観点からはしばし議論がある制度です。ここでその制度の是非を議論するつもりはありません。そのような背景があってのセミナーとご理解ください。
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さて、そのセミナーですが、兵庫県内の県立・公立病院の各所で同時に開かれ、兵庫県が養成医学生を各病院に割り振ります。セミナーという名前ですが、その本当の狙いは各病院や病院のある地域の宣伝です。卒業し、国家試験に合格し、医師となった彼らがどの病院で勤務するか、についてはある程度本人の希望が考慮されます。そのため八鹿病院にとっては彼らが来てくれないと診療に支障をきたしますので、まさに死活問題と言えます。
そんなわけでセミナーという名前ですので学生さんに講義やお話をする時間はありますが、それはそんなに多くはありません。それ以外に地域の方々とのふれあい、地域の観光、そして夜は但馬牛のバーベキューと、地域の紹介とおもてなしをしています。コロナ禍のため2020年から2022年まではオンラインでの開催でしたので4年ぶりの現地開催。開催主体は行政、つまり兵庫県と養父市ですが、実質は八鹿病院の事務の方々が総力をあげて、さらに事務部長みずから陣頭指揮に立っての開催でした。その力の入れようは学生の皆さんが医師になったあとで八鹿病院に来てほしい、来ていただかないと八鹿病院の将来が危ういという危機感の裏返しと言えます。
まずは八鹿病院を知っていただくこと、養父市の魅力を感じていただけること、そして帰路で八鹿みたいな田舎でもいいなあ、と思っていただければ十分なんですが、果たしてその成果は?答えが出るのは数年後になります。
今回は1日目の夜に開かれた歓迎会には広瀬市長も台風による災害復旧のさなかに時間を割いて会場に来られて挨拶をされました。
その1日目の夜の歓迎会ですが、八鹿病院の医師(管理者、院長はじめ上層部と今八鹿病院で研修している若手医師)と養成医学生とで但馬牛のバーベキューの会食。私の6人掛けのテーブルは小児科の井代先生と県養成医(内科)の森山先生と学生さん3名。席は定められていなかったためか3人が3人とも神戸大2名と鳥取大1名(男子1名、女子2名)といずれも1年生となりました。
さてさて、とっかかりの話題を何から始めようかなと思案しつつ、1年生はこの4月に晴れて大学生となったところ、医師となって働く6年後の自分の姿を思いはせることはなかなか難しいでしょう。でも医学生なんだからきっと知っているだろうからと話に出したのが“白い巨塔”。もちろん知っているよね?と聞くと、”知りません“、それも3人とも。思わず、井代先生と顔を見合わせ絶句しました。養成医の森山先生もあまり知らないようでした。医学界と言うか大学病院における教授選の闇の部分を描いた代表的な医療小説ですが、皆さんへの知名度はどうでしょうか?若い世代では知らないと言う方も多いのかもしれませんね、これは再認識しないといけないと思いました。私はこれほど有名な小説だから世代を超えて知っているだろう、まして彼らは医学生、興味もあるはず、でも独りよがりでした。
気を取り直して、この小説の作者は山崎豊子さんというんだけど。3人ともご存じない様子。有名な小説家なんだけど、他の有名な作品としては”大地の子“はどう?かろうじて一人だけ聞いたことあります。この頃の若い連中は小説読まんのかな、まあ受験勉強でそれどころではなかったのかも(心のつぶやき)。
この作品は終戦後の満州からの引き上げ時の悲劇を描いた作品で、かなり以前にNHKでドラマ化されましたが、それも昔、昔の話なのかも。これ以上この話で引っ張っても彼らの興味を引くことはないので話を変えました。
今回は学生さん達へのおもてなしですので、一番やってはいけないことは自分のことや自分の得意分野を聞かれてもいないのに長々と話すことでしょう。
そこで、つなぎの話題で鉄板なのは「高校どこだったの?」。もし、自分と同じならそれをネタに話がつながります。ほぼほぼ同じことはないのですが、阪神地区の高校なら何か話題はあるものです。すると、神戸の学生さんの一人が「神戸大附属高校です」と。これに私が「えっ」と反応。(神戸大附属って小中だけで高校はなかったと思うけど。)
すると、森山先生が「高校ができたんですよ。以前はありませんでしたが、私がその1期生です。」
ラッキー、これで話が盛りあがる。まあ、今回は偶然だけど出身高校は聞いてみるもんです。
あと2人は小野高校と神戸女学院。小野高校の彼には「どこにあるの?小野高校から医学部だなんて結構レアだよね」といった話をすると、「学年で医学部に進んだのは3人(ちょっと正確な数字は失念でも一桁)でした」とのこと。「へえ、すごいねえ」とヨイショは忘れずに。
また、神戸女学院はその名の知れた西宮市の伝統ある女子高校。私が大学で教えていたころは阪大の医学部でも1学年20人前後は女子でしたが、ほぼほぼ神戸女学院か四天王寺と出身校は決まっていましたのでその話から。なんとか3人の学生さんとの会話が弾むようになりました。しかし、“白い巨塔”が通じないとはわたしが歳を取ってしまったという事でしょう。来年はつかみの話題を考えておかないといけないなあ、とちょっと悲しいジェネレーションギャップでした。
出された但馬牛は柔らかく、美味でしたが、それとならんで学生さんが美味しいと言っていたのがおにぎり。あれよ、あれよという間になくなり、私は残念ながら食することはできませんでした。
おにぎりといえばコンビニのおにぎりが現代っ子の定番でしょうから、それとは一味も二味も違うおにぎりは彼らの味覚にそれなりのインパクトを与えたと思います。養父のいいコメから作ったものかも。
宴たけなわに管理者の富先生があいさつをされ、今度養父に来るときは冬に来てください、と。カニですよ。その時期に来たらカニをご馳走します。と学生さん全員の前で宣言されました。「富先生のことだから社交辞令でなく本気。本当に冬に来たらポケットマネーで最高のカニを食べさせてくれるよ」と私のテーブルの学生さんには私の連絡先(アドレス)を渡しておきました。
なんか食べもんばかりで学生さんを釣っているようですが、とにかく彼らと八鹿病院を何らかの形でつなぎとめておくのがこのセミナーの意義、と少なくとも私は思っています。学生さん相手に地域医療や過疎医療という言葉だけでは糸が余りにも細いです。うまいもので釣ることにジェネレーションギャップはありませんよね。