この”副院長(麻酔科部長)のひとりごと”はあくまで私個人の考えや思いを伝えるもので、病院の正式な見解とは必ずしも一致しないことがあることは最初にお断りしたいと思います。
2022年10月11日更新
半年くらい前にコロナの流行もそろそろ下火になるのではという予想をこのコーナーで言いましたが、とんだ的外れでした(申し訳ありません。平身低頭です)。新たな変異株のオミクロンの流行に伴う第7波は過去最大の感染者を招き、ここ但馬でも同様でした。当院でも院内クラスターが発生し、発熱外来もほぼパンク状態が続きました。“敗軍の将兵を語らず”といいますが、失敗の反省なくして将来に生かせる道理はありません。
ではなぜ判断を間違ったのか、それはひとえにワクチンの効果を過大評価したためです。変異株のオミクロンに対してワクチンの効果が減弱するのは想定内でしたが、オミクロンの感染力をほとんど抑えることができないくらいにまでなるとは想像をしていませんでした。言い換えればそれほど変異ウイルスの感染力が強かったともいえますし、ウイルスがワクチンをうまく逃れるような変異を起こしたとも言えます。あらためてこのウイルスのしたたかさを認識し、これからの付き合い方を考える必要があると思っています。
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最初に新型コロナパンデミックと騒がれたときに、このパンデミックを終結させるためのキーポイントは2つあると言われていました。その1つがワクチン開発であり、もうひとつが集団免疫と言われる概念です。
集団免疫という考え方は、たとえ誰かがこのウイルスに感染しても、その周りの人々が既感染者であったり、ワクチン接種者であればウイルスが伝搬はしない、という考え方をもとにおおよそ全体の60~70%が既感染者やワクチン接種者であれば集団免疫が達成できるとされています。正直、第7波の前にこの数字に近づいたのではないかと推察したのですが、甘かったです。厚生労働省のHPにはコロナに関する情報が日々更新されています。私がこの原稿を書いているのは9月27日(安倍元総理の国葬が今日でした)です。その時点で厚労省のホームページを見ると、このパンデミックが始まってから新型コロナに感染した人数が示されています。9月25日24:00現在の統計ではこれまでコロナに感染したと確定診断された人数は21,045,451人、日本の総人口がおおよそ1億2,500万人ですので人口全体の約17%です。この数字はPCR検査等でウイルスの感染が確定した方の数字ですので、実際はこれ以上の数の感染があったはずです。
例えばオミクロン株の場合は海外の報告では症状の出ない感染(不顕性感染と言います)数は実際の感染者と同じくらいいるとのことです。また、自覚症状があり、感染したかなと思いつつも検査を受けなかった方や、そのうち収まったので何もしなかった方もいたと思います。本当の数字はわかりませんが、私はこの感染者数の倍くらいは感染したのではないかと勝手に想像しています。
また、ワクチン接種については首相官邸のホームページに数字が記されています。9月27日の発表ではワクチンを3回接種した人は国民全体の65.3%となっています。単純な数字合わせですが、感染者と3回ワクチン接種者を足すと、ゆうに100%くらいになりそうです。それでも現状は集団免疫が確立されたとはいえない状況です。それは皆様もお察しと思いますが、新型コロナの変異によるところが大きいと言えます。確かにコロナウイルスの変異はありがたくないですが、前々回の“ひとりごと”で少し触れたように、新型コロナは変異を繰り返すたびに弱毒化の傾向にあります。ウイルスの特性としては普通の事なのですが、欧米ではすでにパンデミックの警戒レベルをかなり落としていますし、日本政府もその方針であることは明らかです。
前置きの堅苦しい話が少々長くなりましたが、今回の話の肝は日本におけるコロナの現状を踏まえて、これからの感染予防の観点から私たちができる実践的な話をしたいと思います。 これまでのひとりごとで述べたように、ウイルスの侵入を許すか否かは各自の免疫能次第です。特に最初にこれにあたる自然免疫がウイルスをやっつけてくれたら感染は免れますし、万が一感染しても後からやってくる液性免疫や細胞性免疫がしっかりウイルスを除去してくれたら重症化に至らず治るはずです。
現状、免疫に影響を与える因子がいくつか分かっていますので、それをあげておきます。
①加齢
まずは加齢です。免疫能に限らず歳を重ねると体のさまざまな機能は落ちていきますが、免疫も例外でないということです。コロナの感染でも高齢者が重症化リスクとされていたのもこのためです。
②基礎疾患
同様にコロナ感染で重症化リスクとされた基礎疾患があります。糖尿病、心不全、心血管障害、腎不全がそうです。要は健康な状態を保つことが当たり前ですが、免疫の維持にも大切となります。
③肥満
続いて病気とはいいがたいですが肥満もいけません。肥満は免疫力を落とすとされています。 肥満を測る簡単指標にBMI (body mass index)というのがあります。BMIは以下の式で簡単に計算できます。
BMI=体重(kg)÷身長(m) ÷身長(m)
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身長を体重で2回割り算すればいいのですが、単位には気をつけてください。身長はメートルにしなければなりません。一般にBMIの正常上限は25とされています。
また、BMIが30を超える肥満は免疫力への影響だけでなく糖尿病を合併しやすくなるなど、コロナ感染にはありがたくないことだらけです。BMIを計算して“やばい”と思った方は今からでも遅くありませんので、改善にむけてダイエットや運動の開始です。 ただし、運動するのなら食後がいいです。食前の運動はおなかが減りすぎて食べ過ぎてしまうリスクありです。また、ダイエットのやり過ぎでやせすぎるのも免疫にとってはマイナスです。まさに“過ぎたるは及ばざるがごとし”。
④睡眠不足・アルコールの飲み過ぎ
次に睡眠不足もいけませんし、アルコールも免疫低下を招きます。でも、お酒が好きな人にとっては飲まないとかえってストレスが溜まって、という方もおられるでしょう。アルコールが体から抜ければ大丈夫なので、飲むタイミング(例えば濃厚接触が疑われる日は禁酒)を配慮していただければ、“コロナが収まるまでは絶対に禁酒”、とまでは言いません。
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ここで、少し昔話になりますが、私がまだ医学生であったころと比べて劇的な進歩が見られたのが免疫学です。
私が学生で免疫学を学んだころ(同級生には講義にはほとんど出ずに学んだとは笑止千万と言われそうです)の知識ですが、人体で免疫に深く関与する臓器といえば骨髄と胸腺でした。この2つは、いわば免疫細胞の工場のようなもので免疫に関与する白血球を産生しています。それは今でも間違いがないのですが、これに続いて当時は部外者と思われていた腸管が免疫細胞とのかかわりが深いことが明らかになってきました。はっきりとは覚えていないのですが、腸管と免疫の関係を私が知ったのは医者になって10年以上は過ぎていたと思います。今は免疫と腸管は密接な関係があることは医学の常識となりました。
腸管といえば消化された食べ物の栄養素を吸い上げる場所と長く考えられてきましたので、それが免疫と関係するという事実はちょっと衝撃でした。でも、よく考えますと腸管は食べ物の通り道ですので様々な雑菌も通ります。中には食中毒を引き起こす病原大腸菌やサルモネラ菌が食べ物に混ざることもあり得ます。ですから体によろしくないものを水際でくいとめるために免疫細胞がたくさん集合していても、なんの不思議もないとも言えます。
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テレビの健康番組でよく言われている”善玉菌“と”悪玉菌“という話を聞かれたことはあるかと思いますが、まさにそれと免疫細胞は関係があることがわかってきました。
腸の中にはさまざまな微生物が存在しますが、これをまとめて「腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)」と言います。(腸内フローラとも呼ばれています)
これらは実にいいバランスで、さまざまな微生物が腸の中にいることが私たちの健康維持に役立っています。逆にこのバランスが崩れるとさまざまな病気になることもわかっています。例えば安倍元首相が長く患っておられた潰瘍性大腸炎ですが、これも腸内細菌叢と免疫細胞が関与しているとされています。
免疫細胞と腸内細菌叢が具体的にどのようにかかわりあって免疫細胞の強化・維持にかかわっているかは、今でもこの分野の研究課題であり、まだまだ未知な部分が残っています。 ここでは難しい話は飛ばして大雑把に話を進めます。腸管は免疫細胞が本来体外にいる細菌やウイルスなどの微生物と定期的に遭遇できる場所であり、免疫細胞のトレーニングジムと言えます。そしていいトレーニングをして免疫細胞の能力を高めるためには、腸内細菌叢がいい状態であることが大切なのです。
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炭水化物
腸内細菌叢をいい状態で維持するために、私たちができることは食事です。炭水化物は肥満の原因にもなりますのでダイエットの世界では悪玉のように扱われることもありますが、人体の維持には必要不可欠な栄養素です。免疫細胞にとっても存分に機能するためにはエネルギーが必要です。炭水化物は人体の細胞の機能維持に必要なエネルギーを効率よく提供できる栄養素ですので、これを除くわけにはいきません。しかしながら、炭水化物の摂りすぎがいけないことは皆様がご存じの通りです。
食物繊維
また、腸内細菌叢にとってありがたい栄養素の一つが食物繊維です。一般に食物繊維は人の消化管ではほとんど消化されず、そのまま腸に到達します。大腸まで来て、そこで腸内細菌叢により発酵を受け、その産物は細菌叢の格好のエネルギーになりますし、免疫細胞の制御に役立ついくつかの因子を生み出すことがわかっています。つまり、食物繊維を多く含む食材は免疫細胞にとってもありがたいので、皆さんにお薦めです。
具体的な食材ではゴボウとか玉葱があげられますね。最近のダイエットは運動と食べ物を組み合わせて効率的に体重を落とすものがありますが、かのライザップはその一つです。食物繊維を多く含むものを食べるのもいいですが、少々面倒だという方には水溶性の食物繊維であるイヌリンがいくつかの会社からサプリメントとして販売されていますので、それを利用する手もありかと思います。ただ、食物繊維には欠点が一つあって、食物繊維の発酵に伴い、それなりに匂いがするガスも産生されますのでその点はちょっと注意が必要です。
発酵食品
他に以前から発酵食材は概して腸にやさしいとされています。キノコ類やヨーグルトが代表格でしょうか。ただし、ヨーグルトは砂糖の含まれないものを選ぶべきです。ヨーグルトを食べたけどちょっと砂糖も食べ過ぎたとなっては元も子もありません。
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コロナ対策では腸内細菌叢のご機嫌を取ることが重要になると思います。たとえ感染してもインフルエンザレベルに近づきつつある現状を考えると、この先再び第8波にあっても行政がこれまでのような移動制限等の対策はしないでしょう。
私たち自らができる感染予防をこれまで以上に考える時が来ていると思います。食事は身近ですぐにできる対策です。免疫細胞の機能維持のみならず健康にもいいはずですので、意識していただければ幸いです。