ひとりごと3)新型コロナワクチン

麻酔科部長(副院長)のひとりごと

2022年2月9日更新
 

「3回目はワクチンの話をします」と予告しましたが、その話は最初のひとりごとではなかったのですか、という疑問を持たれた方も多いかと思います。今回は新型コロナで使われているワクチンが、実はこれまでの物ものとは全く異なるワクチンですので、ちょっと時間を戻すことになりますがワクチンそのものの少し詳しいお話しをしようかと思います。

病院等の医療施設は様々な医療を皆様に提供しているわけですが、そのなかでもワクチン(予防注射)はなじみが深いものではないかと思います。誰もがこの世に生を受けてここまで様々なワクチンを受けてこられたはずです。ただ、先に言いましたように今回の新型コロナワクチンは今まで私たちが受けてきたワクチンとは全く異なる種類のワクチンで、今人類は新しい治療の壮大な世界規模の臨床実験のさなかにあると言ってもいいのです。ちょっと表現がオーバーで抽象的になりましたが、新型コロナワクチンがいかなるものかを理解していただくことでこの表現が決して大げさではないとわかっていただけると思います。その前提として、まずは従来のワクチンの原理とその歴史から話を進めていこうかと思います。



1.ワクチンの産声

18世紀ごろのイギリスの酪農地帯では、牛の皮膚に痘瘡(とうそう)が多数できる伝染病(牛痘(ぎゅうとう);良性のウイルス病)がたびたび流行。乳搾りの人の手がこの痘瘡にふれると、手の傷から牛痘にかかるものの2~3週間後にはかさぶたとなって治ってしまう。ほとんどの乳搾りの人は牛痘にかかったことがあるおかげで、天然痘にはかからなくてすむという都市(田舎?)伝説がありました。
これに着目したのがイギリスの医学者であるエドワード・ジェンナーです。牛痘の膿を植え付けると天然痘にならないか、なっても軽症ですむことを見出したこと がワクチンの始まりです。その後19世紀にパスツール(フランス)が病原体を培養しつつ弱毒化し、これを接種すると免疫が得られることを証明し、科学的なワクチン製造法を確立しました。これが今の生ワクチンの誕生です。



2.これまでのワクチン:生ワクチンと不活性化ワクチン

生ワクチンはウイルスを弱毒化したものを用います。投与された弱毒ウイルスは細胞内に入るとその子孫のウイルスを作り、それが細胞外に出て免疫を刺激して抗体産生を促します。感染の実際とほぼ同じ課程なので確実に免疫を活性化できます。ただ、弱毒ウイルスをいつでも作りえる技術はいまだ確立されていない(私の知識不足かもしれませんが、まだウイルスの毒性を人が自由自在にコントロールはできていないはずです)ので、たまたま作れた場合に限られるワクチンです。現在、生ワクチンが使えるのはBCG、ポリオ、麻疹、風疹、おたふくかぜ、天然痘(種痘)です。生ワクチンの場合、弱毒ウイルスが長く細胞内にとどまれば定期的にウイルスを細胞外に作りだし、持続的な免疫系の刺激となり長く抗体価の上昇が期待できます。ただし、そのようになるかどうかは予測不能で、個人差があります。しかし、うまくいけば長期的に抗体価を維持できることも起こりえます。

欠点としては弱毒化しているとはいえウイルスそのものですので、ワクチンを接種した人で免疫力が弱くなるような病気を持っていると本当に感染してしまうリスクがあります。

これに対して、不活性化ワクチンは病原性をなくしたウイルスの一部を用います。ウイルスを大量に培養し、それをアンモニア処理とかバラバラにするなどして病原性をなくしたものを接種して免疫系を活性化させ、抗体産生を促します。インフルエンザ、狂犬病、3種混合、日本脳炎、ヒトパピローマウイルス(子宮頸がんワクチン)がこれにあたります。接種されたウイルスの一部は体内から除去されるため免疫系への刺激は長続きしません。そのため抗体価の上昇も期間限定で、どの程度持続するかは予測不可能です。生ワクチンのようにウイルスそのものを用いるのではないので感染する危険はありませんが、作成に大量のウイルスが必要で開発と大量生産には時間を要するのが問題点です。新型コロナウイルスのように次から次と変異するウイルスではすぐに効果がうすれるリスクがあります。ならば、臨機応変に変異株に対するワクチンを作ればいい、ということになりますが、作るのにそれなりの時間がいりますので、それを作っているうちに別の変異株が流行してしまうというイタチごっこに陥ることが危惧されます 。



3.新型コロナウイルスワクチン

1)その原理
新型コロナウイルスに対するワクチンは従来のものと異なる「核酸ワクチン」と呼ばれるものです。現在日本で使われているファイザーおよびモデルナのワクチンは「RNA(リボ核酸)ワクチン」と呼ばれています。その原理を図1に示します。そのシナリオですが、ウイルスの突起(スパイク蛋白)のRNAを人に接種してスパイク蛋白を作成させ、その抗体を誘導し、感染を防ぐというものです。
RNAについては前回に少し説明しましたが、生命体は人間もそうですが、その個体の遺伝情報をデオキシリボ核酸(DNA)あるいはRNAという核酸という物質で保持しています。コロナウイルスのスパイク蛋白のRNAも当然ウイルスはもっているわけです。今回のワクチンがこのスパイク蛋白に的を絞ったのは、ひとつ前の”ひとりごと”で述べたようにこのスパイク蛋白が感染の鍵となるからです。言い換えればスパイク蛋白が感染の鍵だと早期にわかったから、今回のワクチンのターゲットが確立したとも言えます。
実はこのワクチンですが、既に動物実験では確立された方法で、この技術を持つ製薬会社はこれを臨床応用する機会を虎視眈々とねらっていました。そのおかげで比較的早くワクチンができたのです。とは言っても、実際に人対象のワクチンとして応用するのはこれが世界初となりますので、今後長期でなんらかの有害事象が現れる可能性は神のみぞ知るです。
そういうわけで、このひとりごとの最初に”今人類は新しい治療の壮大な世界規模の臨床実験のさなかにある”と申し上げた次第です。現在、世界規模で接種が進められている新型コロナワクチンのなかで不活性化ワクチンは中国製とロシア製で、それ以外はこの核酸ワクチンに分類されるものです。


2)新型コロナワクチンの工夫

このワクチンですが、当初2つの懸念材料がありました。

1つ目は接種したRNAが都合よく細胞内に取り込まれるかです。RNAは細胞内に取り込まれないとスパイク蛋白は作られないからです。この問題に対するファイザーとモデルナワクチンの工夫は、そのRNAをナノ(1/109を示します)単位の小さな脂質球子の中に入れて投与するという方法です。
人の細胞の細胞膜は脂質(脂肪)でできており、水ははじきますが、油には親和性があります。つまり細胞膜に油はくっつくという単純な事象を応用して、脂質でできた脂質粒子まるごとRNAを含めて細胞内に取り込ませようというものです。実はすでに20年以上前に細胞を用いた実験でこの方法が可能であると確認されていましたが、今回の技術の粋は脂質の大きさがナノという極めて小さな粒子であることです。細胞内に取り込ませるには細胞の大きさよりはるかに小さなものでなければならないので、ナノ単位でなければならないのです。

一方、アストラゼネカのワクチンはスパイク蛋白のRNAを無毒化したアデノウィルスのDNAに組み込み、ウイルスが細胞内に侵入する能力を利用してスパイク蛋白のRNAを細胞内に運ぶというものです。 このようなウイルスはベクター(運び屋)と呼ばれるので、ウイルスのスパイク蛋白のRNAを細胞内に運ぶという目的は同じですが、手法が違うためアストラゼネカのワクチンは「ベクターワクチン」という別の名称で呼ばれています。これらの方法で無事RNAを細胞に取り込ませることに成功しました。

2つ目の懸念は、そのように作られた、いわば偽物(魚釣りでいうルアーみたいなもの)のスパイク蛋白で免疫が活性化されるかどうかですが、これは幸い抗体の産生で確認されています。当初は不活性化ワクチンより抗体価が劣ることも懸念されたが、それは杞憂に終わりました。現在は、中国製の不活性化ワクチンより感染の防御能力は高いことが確認されています。


3)さらなる可能性:オミクロンワクチンは?
※感染者数、死亡数は厚生労働省HPオープンデータを参考に算出

新型コロナウイルスは変異がよく起こる厄介なウイルスですが、ここまで述べてきたことからこの核酸ワクチンが変異にも対抗できるはずと考えられた方、座布団1枚です。このワクチンのターゲットはスパイク蛋白ですが、それがある程度変異してオリジナルと違ったスパイク蛋白になったとしても、その変異スパイク蛋白のRNAを用いてワクチンを作り直せばいいはずですので、技術的にはほぼ問題ないはずです。事実、オミクロン株の大きな流行を受けてあるメーカーがオミクロンに効くワクチンの開発に着手したという報道がありました。ただ、本当にオミクロン用のワクチンが出回るかどうか、私は微妙な情勢と思っています。

今、世界を席巻しているオミクロンですが、最初の南アフリカではすでに下火となり、日本で最初に爆発した沖縄県では年初から急に増加した感染者数も減少しつつあります。概算ですが、今回の大きな波で沖縄県の感染者の数は34,000人 に及んでいますが、その間の死亡者は7名 です(2月3日時点でのデータです)。つまり感染者に対する死亡率は約0.02 % となります。この先死亡する人が増える可能性はありますのでもう少し死亡率は上がると思いますが、一つの目安が0.1 %です。この数字はインフルエンザによるおおよその死亡率なので、数字としての説得力があると思います。実はこの話にはさらなる楽観論とこれをいさめる別の悲観論があります。


オミクロン株に対する楽観論と悲観論

楽観論からいきますが、オミクロンは今までのデルタ等より感染しても症状なしに終わることが多いとされています。報道でいう感染者数とはPCR検査で陽性と判定された人の数であって、ちょっとかぜみたいな症状があってもPCR検査を受けていないとたとえオミクロン感染であっても数字にカウントされませんので現実の感染者数はもっと多いはず。つまり死亡率を計算する分母はもっと多いはずだから、死亡率はもっと低いはず、という論理です。だったら、「明らかにインフルエンザ以下じゃないの。もはやウイズコロナ、蔓延防止など で経済止める意味ないじゃん」という理屈です。事実、イギリス等の欧州諸国はその方向に舵を切りつつあるようです。

一方、これをいさめる悲観論は「オミクロンの感染力は馬鹿にならん。重症者の率は下がっても感染者の数が爆発的に増えると重症者の絶対数も増える。そうなると病床が足りなくなる。相対的な数字ではなく現実的な絶対数で議論すべきで、ある程度制限はしなければ医療崩壊しかねない」という理屈です。どちらも間違っていないと思います。

そのあたりのさじ加減が行政としては悩ましいところです。話を元に戻しますが、こんな状況のためオミクロンワクチンを作ったはいいが、誰も使わん、ということにもなりかねませんので、こちらのさじ加減はメーカーにとって悩ましいところではないでしょうか。


今回も長くなりました。次回からはもう少し短くしたいと思っています。というのも、いつも最後に来月の予告をしてきましたが、今回はありません。このひとりごとを始めるにあたり、3話一組で用意したネタが終わり、これから1か月の間にネタ探しをします。そうなると長文を書くことが難しくなりますが、今後ともごひいきに。


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