ひとりごと10)免疫システム

麻酔科部長(副院長)のひとりごと

2022年9月8日更新
 

前回の「ひとりごと」ではワクチンを理解していただくために免疫について少し話をしましたが、それは免疫全体の一部分にすぎません。実をいうと免疫という分野は医学のなかでも日進月歩の分野です。言い換えれば、まだまだ分からないところがあり、今私たちが分かっていることが免疫というシステムの全体のどれくらいかもはっきりしません。

今回はその免疫システムについて教科書に載っている、つまりこれは間違いないとされているところを述べ、ウイルスをどう退治するかをできるだけ分かりやすく説明したいと思います。



免疫システム「自然免疫」「液性免疫」と「細胞性免疫」

免疫のシステムは3つあります。前回触れたのは自然免疫と液性免疫ですが、もう一つが細胞性免疫です。実はこの細胞性免疫がウイルス退治では主役を務めます。

復習を兼ねて、ウイルスなり細菌なり、いわゆる感染症を引き起こす病原体が体内に侵入してきたところからお話を始めます。 侵入して来た病原体を最初に待ち受けるのは自然免疫と呼ばれるマクロファージ、樹状細胞などの白血球の仲間です。特徴は、怪しい奴はどんな奴にも反応することですが、あまり強くはありません。もし、ここでウイルス等の侵入を食い止められたら感染はしません。しかし、力及ばず自然免疫を突破されて例えばコロナウイルスであれば、鼻や口腔内の細胞にウイルスが侵入し、感染した時にこれらの侵入者の情報をもとに作られるのが抗体です(抗体ができるまでの大まかな流れは前回のひとりごとで述べました)。出来上がった抗体が直接ウイルス等をやっつけてくれるようなイメージがありますが、実際は抗体が撃退するわけではありません。


例えばコロナウイルスの場合はワクチンで誘導される抗体はウイルスの表面にあるスパイク蛋白にくっつきます。ターゲットに抗体がくっつくことで「好中球」と呼ばれる白血球の仲間の細胞がこれを食べてくれます。好中球は病原体を食べてくれる免疫に不可欠な白血球です。この作用を貪食(どんしょく)と言いますが、抗体がついているほうが好中球は好んで食べてくれるようになります。

図1にあげたように、例えるなら抗体がくっつくことでスーパーの切り落とし牛肉が最高級の神戸ビーフに変わってしまうといった感じです。この抗体の作用を専門用語で「オプソニン化」と言い、このオプソニン化こそが抗体の真骨頂なのです(図1)。



細菌とウイルスは全く異なるもの

次に細胞性免疫に話を移したいのですが、その前に病原体の代表格である細菌とウイルスの違いについて説明したいと思います。どちらも伝染病の原因ですので同じように思われがちですが、全く異なる生き物です。専門家の中にはウイルスは生物ではない、という方もおられます。



細胞の中に忍び込むウイルスには「細胞性免疫」、細胞の外で活動する細菌は「抗体(液性免疫)」が退治する

一番重要な点は、細菌は単独で生きられる、つまり私たち人間同様、自分で餌を探して、食べて、栄養を吸収することができますが、ウイルスは単独では生きていけません。したがって、どこか他人の細胞の中に忍び込んでそこにある栄養を盗んで繁殖するのです。ウイルスが侵入した細胞を「ホスト」と言います。ホストクラブのホストと同じ意味あいですね。もし、ウイルスがホストを見つけられず、細胞の外にいるといずれは死んでしまします。言い換えれば、ウイルスとは細胞の中に忍び込む特殊な能力を備えた生き物とも言えます。新型コロナウイルスの場合、この特殊能力を有しているのがスパイク蛋白です。さて、ここで問題なのはウイルス感染でできた抗体ですが、抗体は残念ながら細胞内には入れません。したがって、ウイルスが細胞内に逃げ込んでしまうと抗体は役に立たないので液性免疫は有効ではありません。細胞内に逃げ込んだウイルスに対してこれを退治してくれるのが細胞性免疫なのです。

一方、細菌はその生活の場はほぼほぼ細胞の外(例外として細胞内で繁殖する細菌もあります。その代表格が結核菌)ですので抗体が有効です。  つまり、液性免疫は主に細菌を退治する免疫システムだと言えます。けがなどをして細菌感染を起こし膿がたまることはだれしも経験されることだと思いますが、その膿は貪食をした好中球の残骸です。



細胞性免疫がウイルスを退治するまでの過程

 いよいよここからが今月の本題です。もう一度ウイルスが侵入してきた場面に話を戻します。ここで対処するのはマクロファージや樹状細胞などの自然免疫のメンバーですが、細胞免疫にはこれにもう一つの免疫細胞であるNK細胞(NK: natural killerの略)が加勢します。細胞性免疫の大まかなところを図2に示します。新たに侵入したウイルスを自然免疫の主役であるマクロファージや樹状細胞は取り込み、これらの細胞はリンパ節にある免疫細胞の一つであるT細胞に侵入者の情報を伝えます。

一方、ウイルスの侵入を受けたNK細胞はインターフェロン等の伝達物質を分泌します。情報を受けたT細胞はこのウイルスを認識してこれを専門に退治する細胞障害性T細胞に変化します。この細胞障害性T細胞への変化、そしてその増殖や活性化にインターフェロンが必要です。活性化した細胞障害性T細胞は感染した細胞を丸ごと飲み込んでウイルス感染に対抗します。つまり、ウイルスだけを退治するのではなく、ウイルスを隠れ家と一緒に殺傷するのです。

ここで素朴な疑問として、ウイルスは細胞の中に隠れていますので細胞障害性T細胞からすれば、「その細胞にウイルスが隠れているかどうかの認識できないのではないか?どうして見つけ出すことができるのだろうか」ということがあると思います。これがまた見事な方法でウイルスの隠れている細胞だけを攻撃するのです。



ウイルスの感染を受けた細胞はただウイルスにやられるだけでなく、そのウイルスの一部をとらえてそれを細胞膜の外へ押し出す能力を持っているのです。いわば「俺はこのウイルスにやられた。他の細胞の仲間にウイルスが移るまでに俺ごとウイルスを葬ってくれ」というお願いを出していると言えます。ウイルスに感染していない細胞は何ひとつお願いを出しません。細胞障害性T細胞はそのお願いを出している細胞のみに反応し、これを丸ごと飲み込んでウイルスを退治してくれます。この感染細胞がウイルスの一部を見せることを専門用語で“抗原提示”と言いますが、これがあるからこそ細胞障害性T細胞は攻撃すべき対象を見つけてピンポイントに働き、感染していない細胞には危害を加えないのです(図3)。例えるならGPSを有するミサイルのようなもので、生命体の美しさを感じざるを得ません。



細胞性免疫が活動するまでの2~3日、自然免疫がパワーアップしつつ、ふんばります

まさにウイルス退治の申し子というべき細胞性免疫ですが、この免疫システムが働くには最低でも2~3日はかかることがわかっています。じゃ、その間、ウイルスに対抗する手段がないためウイルスのやりたい放題となってしまいますが、ここで頑張るのが自然免疫です。

例えば、自然免疫の代表格であるマクロファージは同じ自然免疫の仲間であるNK細胞から出されたインターフェロンという物質を浴びるとバージョンアップしてもともとより強い免疫力を持つようになります。これを活性化と言います。ただ、パワーアップしたとはいえもともとそんなに強くないものですからウイルスを駆逐するのは無理です。活性化マクロファージの役割は“真打登場“(細胞障害性T細胞がはせ参じる)まで感染を少しでも抑制することにあります。

さて、ここまでで細胞性免疫の働きの大まかなところはご理解いただいたと思いますが、読者の中にはこんな疑問をいだかれる方もおられるのではないでしょうか。
ワクチンを接種した後の効果についてマスコミ等では「抗体ができたかどうか」とか 「抗体の量がどうこう」などが議論されてきています。でも、この“ひとりごと”が正しいなら、
「抗体ができてもウイルス撃退には役に立たないはず。そんな関係のない抗体の量でワクチンの効果を測るのはおかしい」という疑問です。
まさにその通りで、本当は細胞性免疫の程度を評価しないといけないのです。では、なぜ液性免疫の抗体量でワクチンが効くかどうかと言ってるかというと抗体は比較的簡単に測れますが、残念ながら細胞性免疫の程度を数字で示すことは簡単ではないためです。細菌やウイルスが侵入すると自然免疫に引き続いて液性免疫も細胞性免疫も作動しますので、測りやすい指標で表しているということになります。



新型コロナワクチンも日々進歩。細胞性免疫の活性化で重症化を防ぐ

ただ、今回のワクチンによる抗体はコロナウイルスに全く役立たずではありません。ウイルスが侵入しても細胞の中に潜り込む前に抗体がウイルスのスパイク蛋白にくっつけばウイルスは細胞内に入ることができず、感染を防ぐことができます。ただウイルスのスパイク蛋白も変異しますので変異のたびに抗体がスパイク蛋白に結合することが難しくなり、その効果が落ちてきます。今大流行のオミクロン株の亜系統と言われるBA.5やケンタウロスと言う異名があるBA.2.75などでは、感染を防ぐことにはそれほど有効ではなくなってしまいました。しかしながら、重症化を防ぐことに関してもまだまだ有効とのことで、まさにここが細胞性免疫の働いている証拠と言えると思います。なかなか目には見えない細胞性免疫ですが確実にワクチンにより活性化されていたのです。この点でも今回の核酸ワクチンは事前の予想をはるかに上回る成果だと思います。

マスコミによると、この10月(厚生労働省が9月への前倒しを調整中)にはオミクロン株のスパイク蛋白のRNAを用いたワクチンが使われるようになるとのことで、これなら感染予防の効果は期待できます。しかし、前回の“ひとりごと”で述べたワクチンに対する懸念は残っていますので接種するか、しないかは強制ではなく、各自の思いが優先されるべきものでしょう。


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