ひとりごと4)冬季オリンピック

麻酔科部長(副院長)のひとりごと

2022年3月11日更新
 

 これまでの3回と趣が異なる話題ですが、これからは医療に関すること以外でも気の向くままに取り上げていきたいと思います。医療ネタを期待されていた方には申し訳ないですが、そうそういつもタイムリーな医療ネタが都合よくは転がっていません。“つまらんなあ”と思った方、せめてサッと読み飛ばしていただければ幸いです。



オリンピックの神様は「いたずら好き」?

コロナ禍の中、北京冬季オリンピックが無事に開催されました。アスリートにとっては4年に一度の晴れ舞台です。この日のために普段の努力を重ねてきたわけですから、結果が伴えば申し分ないところですが、「一発勝負の運・不運は世の常、実力通りの順番とはならないものです」と言うと、“いやいやオリンピックの順番が実力なんだよ”、という厳しいご指摘もあるかもしれません。でも、私はオリンピックの神様はいたずら好きと思えてなりません。

物心がついてからの記憶の中で今でも残っている最初の冬のオリンピックは札幌です。1972年でしたので私は中学2年生でした。夏のオリンピックは1964年の東京(当時は小学校1年)から記憶の断片がありますが、小学校の頃の冬の記憶はありません。今だからこそ日本の選手が冬のオリンピックでメダルをたくさん取れるようになりましたが、当時は日本がメダル取れるとすればジャンプか短距離のスケートくらいでしたので、マスコミの報道も乏しかったせいかもしれません。冬のオリンピックというものは私的にはいつの間にか始まって、いつの間にか終わっていたという時代が長かったのですが、思わず“えええーーー”と身を乗り出すことになったあの時を今でも鮮明に覚えています。それは1992年のアルベールビルです。



アルベールビル冬季オリンピックでの日本複合団体での快挙

当時私はアメリカにいました。いわゆる留学というやつですが当時は医局人事全盛の時代で、ほぼほぼ自然の流れで専門医をとって、数年のうちにアメリカもしくはヨーロッパの医療先進国での研究あるいは臨床での留学が用意されていました。

ちなみに私が留学していたころ、医学部の同級生の半分くらいがアメリカにいましたので、ニューヨークで同窓会を開いたくらいです。あのころはお金もそんなになかったし、言葉の壁はいかんともしがたく、アメリカにいてもさして楽しめるという状況ではなかったのですが、借りたアパートの部屋に有線のテレビ放送を引いて語学の勉強と思って現地のニュースを流していました。

そんなある朝のスポーツニュースに突然日本語が飛び込んできました。冬のオリンピックで日本の複合チームが作戦通り前半の金メダルに向けてジャンプで大量にリードできたという日本のコーチのコメントが聞こえてきたのです。テレビ画面にはそのコーチの言葉が英語で出ていました。そう、日本で字幕の映画を見るのと逆なんですね。そうか、冬のオリンピックが始まっていたんだと改めて思いましたし、複合競技はスキー競技の華、圧倒的に欧州勢が強いと思っていましたので正直びっくりしました。

このニュースをきっかけにその冬のオリンピックの放送は結構見ましたが、日本は複合団体で金メダルを獲得し、次のリレハンメルでも2連覇という快挙でした。その中心選手が今は長野市長をされている荻原健司さんですが、団体では2度の金メダルであったものの、個人としてはメダルに届くことはありませんでした。当時の彼の実績からすればオリンピックの神様はご機嫌斜めというところでしょうか。



北京冬季オリンピックでの悲劇

今年の北京大会でもオリンピックの神様が一番微笑まなかった選手を挙げるとすれば、誰もが女子ジャンプの高梨選手をあげるのではないでしょうか。

彼女の実績とオリンピックの結果は見合うものではないと思います。それだけでなく今回はスーツ規定違反という思わぬ悲劇がありました。彼女がその責任を一身に担っている姿を見るにつけ、何とも言えない憤怒があります。

何に対する憤怒か、それは失格とした審査員やその審査を取り仕切った国際スキー連盟のお偉方ではなく、日本のスキー協会のジャンプ競技の責任者たちにですよ。彼女が選んだスーツは彼女のわがままで選んだものではなく、スタッフが用意したものの一つのはず。彼女自らの判断でルール違反を犯したわけではありません。彼女には何の非もない、むしろ「せっかくのいいジャンプを台無しにして」と怒ってもいいはずなのに。

彼女が失格となったあと、スーツを選定したスタッフや監督、コーチ陣からの自らの責任に言及するコメントはあったのでしょうか。ひたすら謝罪と失意のコメントを繰り返す彼女の陰に隠れて”俺知らねー“を決め込んでいたようにしか思えないのです。



センバツ高校野球の出場校を巡るもやもや

同じころ国内でもよく似たことが起きていました。秋の東海大会の準優勝校で春の選抜に選ばれるはずと誰もが予想した静岡県の聖隷クリストファー高校が選にもれたことです。

春の高校野球は選抜という名の通り明確な規定がなく、委員たちの文字通りの選抜で選ばれ、秋の大会は参考資料という位置づけです。ですから、秋の大会の準優勝校が落選でベスト4が選ばれても規定上に問題はありません。

ただ、問題はなぜそうなったかの説明があまりにずさんで意味不明だったことです。最初から東海大会は優勝も準優勝も静岡県の高校だったから、地域性を考慮してベスト4の岐阜県の高校を選んだ、というほうが非難は出たでしょうが、まだ説得力があったように思えます。結局納得できる説明のないまま、責任者は”俺知らねー“での幕引き、立場の弱い高校球児は泣き寝入りです。

高校球児にとって甲子園に出たか、否かは彼らの人生を左右します。そのことを高野連の偉いさん達はわかっているはずと思うのですが、私の認識不足でしょうか。くしくもそれは高梨選手のコメントにあった”みんなのメダルのチャンスを奪ってしまった“という言葉と重なります。それはメダリストであるか否かで当然その人の人生が変わると彼女は十分わかっていたのでしょう。それでより自分を責めたのではと思えるのです。


この2つの“俺知らねー”は日本の社会の悪しき縮図を見るようです。まあ、医者の世界の代名詞、”白い巨塔“でもある話ですのでスポーツ界だけではないんです。えっ、その”白い巨塔”の話も聞きたいですか?いやいや小説より奇なり、ですんでちょっと公立病院のHPを使うわけにはいきません。ご容赦を。


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